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ようこそ! 日本ミッション 2010年9月 5日(日) 20:32 JST

タイ、たい、鯛

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  • 2009年3月21日(土) 17:53 JST
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海の生物から学ぶ

タイ、たい、鯛      1998年記

■ この頃、私が休日も無く働いていたので、家内が気を使って「息抜きにスタッフと夕食でもどう?」と誘われた。意志が弱い私は「そうだなぁ」と了承。仕事途中であったが、出かけることになった。夕日がきれいな関西国際空港では?との提案に、又「そうだなあ」と了承。
 とにかく世界の物産が安く入手するらしいので、「りんくうパパラ」に行って、買い物でもしてから夕食にしようと言われたので、「そうだなあ」と相談が決まった。
■ 関空は世界でもめずらしい、海の中に出来た人工の島にある。便利さと効率を考えて斬新な人為的デザインと人造大理石や造花をもって、華やかに空港ができた。しかし、本当の緑も川の流れも無い所は、余り好きになれず、海外に行く人を見送る以外、行かない所である。
■ でも、今日は疲労を慰労する目的で行くことになった。平日で給料日でもない午後だからか、「りんくうパパラ」に着いたら、人はパラパラ。並んでいる店も開店休業の状態で、定員さん達は、私たち数人の一団に注視。少しでも自分の店へと、満面の笑みを見せて誘惑する始末。遊具はすべて止まっていて、少しでも近づくと係があわてて動かす用意をしようとする。一人で乗っては気の毒な気がして、結局は何も乗らず、何も買わなかった。
とうとう、橋を渡って関空の中のレストランに行こうと言うことになって、「そうだなあ」と返事をしたので行くことになった。
■ シャトルバスに乗って、対岸の関空内の食堂に入り、大体お決まりのメニューを注文したが、みんなで鯛のマリネを食べてみようと言うことで、「そうだなあ」と思い、一皿注文した。
 新鮮な鯛の切り身が、独特のオイルに胡椒をブレンドして並べられてやって来た。おいしかった。
■ しかし、鯛と言っても本当の鯛は、日本では一属一種のマダイだけだそうだ。同属とされていたゴウシュウマダイも、骨格構造に少しの差があって、同属別種とわかった。今我々が口にする鯛は、ほとんど代用品で、全くの別種のアマダイ、イシダイ、キンメダイ、イトヨリダイ、ハナダイ等々あげれば、キリがないほど偽物だらけである。日本人のタイに対する愛着の強さは世界にもマレであり、「くさってもタイ」と言われるように、鯛は高級魚のイメージがあるし、めでたい席の代表格である。鯛と名前をつけるだけで高く売れるのである。
 また、鯛は赤いとは限らず、クロダイ、キチヌのように黒い鯛もいる。味も一緒であるため、刺身等の料理される所は、ほとんど本物として用いられる。今回食べたのも実は代用品である。
■ この「代用品」と言う言葉は、戦後の物資が無いときに頻繁に使われた。しかし、物があり余る豊かさの今に、戦後より新種の代用品が多く出回っている。全く別の種類にもかかわらず、それらしく名をつけて販売され、偽物が本当のようにまかり通っているのである。今や余りにも雑多な商品や種類が出現して、名前だけでは、本物が判らないのではないかと思う。
■ 複雑化した人間社会も同じような気がする。偽者であるのに、上手に対応して本物と思い込ませる。
 ある展示会で、専門家らしく宣伝していたコンパニオンに、ある質問をしたら、答えが全く判らず、あわてて詳しい本当の社員がやってきたことがある。外観ばかりが本物に似ていて、別種の人物がいる。
 ホテル等で、キリスト教結婚式をしていても、クリスチャンちゃんでもないのに、神を信じないで、かっこ良い外国人(多くは英会話教師)が、堂々と偽者でやっている所が多いと聞く。オーム真理教のあきれた宗教も、統一教会も、現代の余りにも雑多な宗教の種類が出回った結果によって、生み出されてしまった警告であろうと思う。
■ 聖書に『わたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう』(ルカ24:4)と、終末の時代をイエスが預言をしている。まさに現在は偽物と偽者だらけ、偽装、偽証の蔓延で、真実が見えない。飽食物質文明の繁栄の裏返しは、見かけだけの代用品の氾濫ではないかと思える事件が多い。今こそ質素にし、静かに本物を見極めたい時だと思う。

コブシガニ こぶしがに 拳蟹

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  • 2009年3月21日(土) 17:50 JST
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海の生物から学ぶ

コブシガニ こぶしがに 拳蟹      1996年5月記

■ アメリカの保険会社、住専始め、大蔵省、銀行の失敗した損失を、関係の無い国民の税金で補うことが、一方的に政治決着され、政治不信と不満が、今、日本中を沸騰させている。 更に今度は、旧国鉄と郵政局が抱きかかえている莫大な赤字も、国民の負担にしようと考えているらしい。
 エイズ問題では、天下りの官庁役人が企業を運営し、法律を操ってまで、自分達の利益を優先して、弱者を考えずに多くの人命を死に至らしめた。
 こうなると、オーム真理教だけが、狂気の集団ではないように思える。誰もが人の弱みにつけ込んで、私腹を太らせている。弱者を守るためでなく、自己保存のために知恵を働かせている。こんな社会悪を見つめていると、寒気が走る。
暖かさが来ない今年の寒い春に感じている。
■ しかし、気候を肌で感じるより、暦が春になればピクニック。いやこの春は潮干狩に行きたいと、時期で計画を立てる。
 遠浅の白い砂浜を、出来るだけ沖に近づき、波が足をひたひたと濡らしては引いていく中で、沢山の貝を集めたいと、想像するだけでも楽しい。
 潮干狩は、大坂近辺で、出来る場所がなくなってしまった。以前は和泉佐野市にあったが、関西空港が出来て無くなった。一部にその痕跡は残っているものの、貝はいない。
 7年程前にこの浜に来て、多くの貝を持ち帰り、味噌汁の具にしようと、予定をしたが、貝殻とカニだけ持って帰るだけだった事を覚えている。それでも家族の楽しい、晩春の想い出となっている。
■ さて、カニと言えば、幼い頃に神戸の海岸で、小さなカニが、石を抱えて動き回っていたのを思い出した。今になって何故思い出したのか判らないが、図鑑を見ていたら、面白い事が書いてあった。
 それは、オスがメスを求めたのに、相手になってくれるメスがいなかった。抱きかかえる事が出来なくなった寂しさの故に、メスの代理に調度良い石を抱えて、代用のメスとして自分で慰めているらしいのである。
■ 少年時代、そんな悲しいサガ(性)であったことも知らず、カニを追っかけると、慌てて石を落とし横走りで逃げて行く、ユーモラスな姿を楽しんだものだ。 カニは落とした石(メス)が忘れられず、再び拾うとして戻ってくる。そこをまた脅すと逃げ、また拾いにくる。その度に脅すと逃げるので、ゲーム感覚で遊んだものだ。
 カニにとって、もう少しで抱えられる寸前で、脅かされるので、心は苛立つ。たまったものではない。それでもオスとしての立場上、石でもいいから、かっこを付けなければいけないのである。辛いのであるが、逃げては戻る、繰り返しの習慣が身に付いている。
■ 図鑑ではとくにマメコプシと言うカニが、この行動を取っているらしいが、このカニは晩春になるとオスがメスを抱え上げ、そのカッコのまま一緒に砂にもぐったり歩いたりして、アベック生活を続けると言う。しかもメスを抱えあげ続けたまま2~3週間も続くと言うのだから大変な労力である。寿命の短いカニにとって、この期間は大変な長さである。実際に交尾をする時期は、6月下旬から7月下旬にかけてのわずかの数分間だけで、アベックの期間に比べてあまりにもあっけない結末である。
 このカニの生態はごく身近かにありながら、本当の詳しい生態は判っていない。日本の政治も私たちに身近なものなのに、実体はよく判らない。更に政治家が犯した大きな問題の石を、国民にとって何の慰めにもならないのに、いつまでも重い石を、抱えさせられて寒いこの春を過ごす事になる。捨てれば良いのに、持つことが当然のように言われて、反論できずに抱えてしまうのである。
異常気象の悲しい日本になったものだ。
 特に住専の関係者は、本来自分が抱える石だから、他人に抱えさせて、絶対にくつろいで欲しくない。
 「精一杯、努力をして、善処するよう、頑張っているところです。」この責任のない政治用語の羅列を、繰り返さず、本当に慰められる相手(実証)を与えて欲しいものである。
■ コプシガニの名称はこぶしを握った形に甲羅が似ていたので、見たまま名前をつけたと図鑑に書いてある。それにしても、安易に名をつけられたカニが、気の毒と思うなら、政治家達が本来抱える石を、幾分かでも責任を取って、負担を軽くしてもらいたい。桜が散っても、寒い大阪の商業の町へ、コートを着て出かけた。
■ 人の心には多くの計面がある。
しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。(箴言19:21)

ナマコ、なまこ、海鼠

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  • 2009年3月21日(土) 17:37 JST
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海の生物から学ぶ

ナマコ、なまこ、海鼠

英名がSea cucumber(海のキユウリ} 1990年2月記

■ 年未の忙しい中を、予約していた旅行に、家族とスタッフで無理をして行った。冬は暖かい南の九州へとしやれこんだのだが、この時は例年になく寒い年であったとのこと。当てがはずれたと言っても、やはり南の黒潮に囲まれた天草、雲仙、長崎、平戸は温暖で、海産物が豊富であった。
■ フェリーの待ち時間に、近くの市場をのぞいた。殆ど生きたままが売られていて、小2の娘は驚嘆の大声を出しっばなしである。
  その中で.気味悪い灰褐色の塊がイケスに4~50匹入っていた。「ワァー、これは何?」例によって大声。みんなが集まるまで叫ぶのである。家内が「なまこ」よ、昨日旅館で食べたものよ、と説明。「うっそ一」信じられない。そう言えば娘がおいしいおいしい。と器を空けたのを思いだした。何やら説明を聞いて娘が「ゲェー、ゲェー」とジェスチャーをやりだしたが、戻るわけがない。確かにグロテスクなイポイポに、ぬらぬらした「なまこ」を初めに食べた人は勇気が必要であったと恩う。
■  ナマで食する民族は世界広しと言えど、日本と南洋のパラオ島のカナカ族だけだそうだ。乾燥したものでも中国,ソ連(ロシア)で売られているぐらいであり、西洋では触るのも嫌がる。
 しかし、ナマコは脂肪質がなく、栄養価はタンパク質だけで、水分も多く、肉にはコンドロイチン硫酸が含まれているそうである。この有機化合物はウシの軟骨の主成分で、結合組織の抗張力や弾カを保つのを助けると言われている。つまり、不老長寿の薬といわれるゆえんも嘘ではない。
■ それにナマコは驚くほどの再生カを持っていて、タマナマコを輪切りや縦切りにして腸を取り出した後、海中に投げいれておくと、切リロがふさかって、体内に腸が再生されてくる。そして2年目にはふたたび食用として採集できると言うのだから、トカゲのシッポの比ではない。ただし、肛門で呼吸をしているため,輪切りにされたからだの前端部は、呼吸が出来ずに死んでしまう。
■ ナマコが前後不明、正体不明の不気味な彼らも、れっきとしたウ二やヒトデの仲間の、棘皮動物である。
 名もなまけ、怠けの言葉から来たかのように、海底にジーッとしているようであるが、1日52mもはいまわっている記録がある。
 更にナマコは、汚れた砂を食べ、砂にまじった原生動物や底生珪藻類を、腸内の酵素によって、分解吸収して栄養をとって生きている。しかも、肛門から排出される不用の砂は、体内できれいになっている。まさに砂の炉過器である。
■ パラオ島のサンゴ礁では、40万7000匹が面積79万8500㎡の場所で、年間1万2460tの砂を排出していたと調査報告がある。これば1㎡の海底で、15.6kgの砂が食べられていたことになり、地球を汚す人間に対し、有機物を取り去って浄化する、海底の掃除人として、現代では殊更に貴重な神の創造物、作品である.
■ 人間から見た目は、決してうるわしくはないが,汚染が進む今の時代だからこそ、ナマコを尊敬し、大切に見守ってやらねばならないのではないかと思う。
 以前にも、人は外かたちを見て、神は心を見ると聖書を引用した。とかく人間は実情、実態を本当に知らないで、見た目で判断をし、利益を根底にした知識で、他人を査定してしまう気風があるようだ。
■ 神がノアの時代に、全世界を滅ぼそうとされたのも、人間が思いはかることすべてが、悪だからであった。世界の自然がのろわれたのも、人間側から生じさせた罪からであった。
 地上と空の生物は、箱船に救出された種類だけが現存しているだけで、残りの全ては生物化石の石油、植物化石の石炭と化してしまった。
■ 地球汚染と砂漠化、温暖化も人間の勝手な利益追求のなせる結果。今までになかったような自然の猛威も、地球世界の限界が来ていることを訴えているようである。
 今だからこそ、まだ少し間に合う時に、永遠の命のために浄化を真剣に、急いで考えねばならないと思う。もう外見や見た目にこだわらず、たとえナマコのようにグロテスクであったとしても、動きも速やかでなくても、地上に積もった幾多の政治、経済、教育関係の腐った人間が、排出した汚物を、浄化してくれる物を大事に育てなければならない。
 政治、経済界だけでなく、宗教界、キリスト教会も、本質の浄化と和解を、必要としている時代が来ているのではないだろうか。
 

サンゴ さんご 珊瑚

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  • 2009年3月21日(土) 17:32 JST
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海の生物から学ぶ

サンゴ さんご 珊瑚     1994年6月記

■ 夏は暑い、当たり前のようであるが、地球温暖化か、どうしてなのか知らない。平成5年は冷夏で、お米が獲れず、平成の米騒動となった。金持ちは海外のお米を買い入れた。東京では金持ちの電気屋が、勝手にお米を販売して、食品販売法違反だと、賛否両論、取り乱れて世界をゆり動かした。政府、マスコミが騒いだ。人の弱さを商売のネタにする大組織のエゴである。これは夏が暑くなかったためである。こう思うと、暑さも神の祝福、恵みであると、壊れたクーラーを前にしてお金の工面を考えている。
■ さて、夏は沖縄が若者に限らず人気の場所である。
青く澄み切った空と海、そして白い珊瑚礁の浜辺は、人とゴミと金権主義の都会生活から、解放してくれる魅力の場所てある。お米一粒で一喜一憂する日本本土には無い、風景だ。
 私も沖縄に行った時、太平洋の海外から来る荒波が、はるか彼方の沖合の珊瑚礁で、白く打ち砕かれて、こちらには静かなさざなみだけが来ている景色を目にした。珊瑚の上を歩いて、沖合へ数百メートルでも、行けるように思える程、遠浅で水は透き通っていた。しかも太陽と雲のコンビネーションによって、海底の珊瑚礁と合い重なって、反射の違いで海の色が微妙に変化する。美しい幾種類もの青色を、私たちに見せてくれた。この自然、空気、光、すべてが美しく輝いていた。珊瑚礁があるからであった。
■ 世界はこの珊瑚を守ろうと、自然保護団体に限らず必死になっている。珊瑚があるところには、さまざまな命が存在し、成長があるからである。
 珊瑚にも種類があって、造礁珊瑚と非造礁珊瑚の二つに別れている。学名では腔腸動物門、花虫網、六放サンゴ亜網、イシサンゴ目に属するものが.比較的浅い海で形成される造礁珊瑚で、もう一つは、主に装飾品や金魚鉢に飾ってあるもので、八放サンゴ網、ヤギ目に属する非造礁珊瑚である。ポリプ、つまり珊瑚の先端部分の、口に羽状の触手が6本と8本の違いで、分類学上も別のグループに分かけられている。
 珊瑚礁は、その色彩の多様さに似て、複雑な構築物の生態を、よく知られていない。なぜコンクリ-トのように、かたい石灰岩に固まるのか、その仕組みも判っていない。
 珊瑚礁でサンゴが成育する所には、なぜかきれいな酸素を出す海藻が少ない。植物プランクトンの量も少ないとされている。なぜなのか不明だった。しかし最近、褐虫藻という植物プランクトンを、サンゴ自体が閉じこめ、体内で培養して、栄養としているらしいことがわかって来た。この褐虫藻は、光合成を行ない、炭酸ガスを取り込み酸素を出す。それをサンゴが呼吸に使い、海水中からカルシュウムの材料を得て自分を成長させていた。サンゴの成長する過程が、動物なのに、光を求める植物的に見えるのはその為である。
 大きくなったサンゴには、多くの生き物が群がってくる。魚たちはサンゴの林で、舞い遊ぶ鳥や蝶のように、色とりどりの自分のカラーを、見せびらかせながら生きている。気になったことは、珊瑚礁に守られている熱帯魚の体は、平べったく巾が無い。この魚が追いつめられると、ほとんどサンゴの枝の根元に体をへばりつかせ、ひれの棘を立ててサンゴにひっかけて出てこない。手を伸ばして捕らえようとしても.サンゴの枝が城壁になって入れない。自己保全のために他者の立場を利用する。共生動物達のずるさである。こんな人間も少なくないなぁ-と考えたりする。
 ■ しかし全ての生物が、サンゴに守られている訳ではない。オウギガニ科の、ドメシアというカニのように、自分がサンゴに穴をあけて、住んでいるように始めは見えるのに、事実はそうではなかった。
 サンゴは、カニの定住する一部を、自由空間として残しながら、徐々に周囲を取り囲んで行く。カニは、成長途中では、自由に出入り出来るし、心地よい住み処だと思っている。しかし、サンゴは出口を小さくしていき、ある程度成長した時には、出口の穴が小さくなっており、その中から出さずに、はかなく一生を終えさせるのである。
 ■ 確かにサンゴは、弱者を守る働きもしているし、貴重である。美しい飾り物としても崇められるであろう。しかし大きく成長できたのは、光を求める小さな植物を取り込んで、酸素を与えられて、生かされている。大きくなると、他の生き物を閉じ込めて食料(食い物)とする恐ろしさも兼ね備えている。人間社会も大企業や政府の要員は、小さな弱者を、足場に大きくなっている。これが神が定めた、自然の性であろうか。

シャコ しゃこ 蝦蛄

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  • 2009年3月21日(土) 17:24 JST
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海の生物から学ぶ

シャコ しゃこ 蝦蛄

■ 先日、奮発してお寿司やさんに子供と入った。すると小学1年生の娘が、「ここ、お寿司が回ってこないねネ。」と言った.笑うに笑えない家庭の事情が出てしまって、恥ずかしい思いをしたものである。
■ 同じところで、ガラスの冷蔵室に入れられたエビに似たものを指さして、「あれ、エビ?」とたずねられたので、見るとシヤコである。寿司にはつきものであるが、回転寿司屋では、おおかたお目にかかれない。「食ぺて見るかい」と言ったが、少し気味悪く思ったのか、いらないとのこと。それではと言うことで、私が口にしたのだが、ワサビのききすぎで、味はいまひとつであった。
■ 寿司ネタのほとんどが、輸入品と聞いていたので、シヤコも輪入品と思っていたら、日本の内海で、しかも東京湾で一番多く、漁獲されると間いて驚いた。海はまだまだきれいなところがあるのだなと思ったら、さにあらず、泥の海底からでないと、生まれないと知ってなお驚いた。
■ 泥沼のハスの花と同じく、泥海の美人であるそうで、サンゴ礁などにいる種類は、とくに色彩が豊かだそうだ。皮を剥いだ身は寿司屋で見るのだが、その生きた姿を目にした人は少ないし、私もない。
 シャコは一見エビに見えるが、種類を異にして、ロ脚類に分類されているが、学問上系統はあきらかでなく、まだまだ謎のある生物である。
 特にエビと大きく遠うところは、第2胸脚がカマキリのはさみによく似た形をした捕脚があることで、これをさっとのばして魚や小エビを捕えて食ぺる。このことから英語で“カマキリエピ”(Mantis shrimp)と呼はれている。このはさみには、鋭いとげが5~6本あり、のばすと7~8cmも前にとどき、そのパンチ力は、世界チャンピオンの比ではない。カ二の甲羅はもちろん、二枚貝さえ刺しとおす程、非常に強力である。そして捕えたえものは胃に送り込まれるが、胃にも大きな歯があって、こなごなにして消化してしまうのである。
 昼間はきたない海底にシャペルのような尾で、浅いU字形の穴を掘って隠れているが、夜になると穴からはい出し、2つの目をぎよろつかせ、えものをあさる。武器をもってしのび歩き、手当りしだいに鋭いナイフを振り回すシャコは、海の愚違隊とでも言ったさまである。
 ところが貧欲に魚やエビなどを食い荒すので、漁場で嫌われ者の横暴なシャコも、我子だけには死んでも守ろうとする母性愛がある。
 卵は5万粒程産み出される.卵自体は直径約0.5mmの小さな球形であるが、外側に糸状体が出ていて、互いに〈っつき、直径10cmのまんじゆうのようなかたまりとなる, メスはこの卵魂をふ化するまで後部3対の顎脚でロもとにしっかりとかかえている。縄にかかって引き上げられてもこの卵塊をはなさないので、シャコは口から卵を産むと思っている漁師もいる位である。
 「このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には良い贈り物をすることを知っているとすれは、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。」聖書マタイ 7:11
 性格は悪いし、嫌われ者、しかもきれいな所には住めなくて、ドロドロと汚れた環境が性にあう。こんな人ほど、自分だけの事と、自分の子だけへの可愛いがり方は異常に強い。他人の心情など考えられずにひたすら自己保存に徹している.自分の子供には、高価な可愛い服を着せておきながら、学校の給食費も払わない、身勝手な親と一緒である。
 自分をかまってくれないと自己卑下で悩んでいるのも、一種の、自己保存が強すぎる、愛と信仰が足りないシャコさんである。反省吟味をする時である。