ようこそ! 日本ミッション 2010年9月 5日(日) 20:24 JST
キリスト教入門
キリスト教の教典は聖書である。
まず、聖書についてお話ししましょう。
聖書はいつ誰によって書かれたのでしょうか?
聖書にはどんなことが書かれているのでしょうか?
聖書の中心テーマは何ですか?
旧約聖書、新約聖書の違いなど、順次書き加えていきますので、お楽しみ下さい。
その前に、有名人の聖書観を見てみましょう。
ハーレイ聖書ハンドブックからの引用です。写真はウィキペディアのフリー百科事典から借用しました。
有名人の聖書観
アブラハム・リンカーン
私は、聖書を、神が世のはじめ以来、人類に与えた最上の賜物と信じる。世界の救い主から発せられる一切の善きものは、この書を通して我々に伝達されるのである。
ナポレオン
聖書は単なる書物ではない。更に生きものである。それに反対する全てのものを征服する力を持つものである。
ジョージ・ワシントン
神と聖書を無くして、この世を正しく統治することは不可能である。
ヴィクトリア女王
聖書は英国の最も優れたることを説明する。
トマス・カーライル
聖書は人類の魂から発せられた言葉による最も真実な発言なのである。あたかも神が開いた窓の如くに、それを通して全人類に永遠の命、静寂を窺うことができ、そうしてはるかにして、久しく忘れはてているホームを督見することができるのである。
カント
聖書が人々に対する書物としても存在は、人類がかつて経験したことのない、最大の利益である。それの価値を減じさせようとの如何なる企画も人道への罪悪となる。
チャールズ・ディケンズ
新約聖書は、この世界では未だかつてなかった、又、この後もあろうとは思われぬ最善最上の書である。
ニュートン
如何なる世俗の歴史におけるよりも、聖書においては、より確かな真理が存在する。
ゲーテ
人類の知的文化が進歩しようとも、自然科学が進んで、その広さと深さを加えようとも、人類の心がその望がままに広くなろうとも、福音書から輝き出るキリスト教の高さと道徳的修練を越えてゆくことはないだろう。
新年を祝う 2009年1月1日
新年明けましておめでとうございます。
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昨年も色々ありましたが、皆様にはお変わりありませんか? 私たち夫婦も何もないことはありません。でも今年で結婚して35年になります。お互いに性格は違うし、考え方も違います。よく続いていると思います。それは、神様が一つとして同じものをお造りにならなかった、不思議さを教えられたからでした。動物も植物も、木の葉一枚も同じものがない世界だから、当然二人は違います。意見の食い違いはいつものこと。やることも違います。 昔のサラリーマン川柳でしたが、「耐えている、そう言う妻に、耐えている」というものがありました。実に結婚は忍耐と努力の毎日です。 でも、不思議とその違いが楽しみとなり、互いの知恵が生かされて家庭が維持できていることが判ってきたのです。正直に言ってこの35年間夫婦ケンカをしていないと言えばしておりません。仲良しでした。でもそれはお互いに相手を、神様がお造りになった一人の人間であることを、忘れていないと言うことではなかったかと思っています。 相手を尊重し、支えて上げるのだと言うことを意識して行動することをしていたのではないでしょうか。もう一つ、決して自分の願望を強引に主張しなかった、全知全能の神様の計画があるのだから、と言う信仰で、自分の考えを押し通そうとはしなかったのではないか。この新年にあたり、何か自然に今までそうしていたのだなあ、と考えました。 写真は昨日の元旦に、教会で礼拝を済ませた後、撮影したものです。若く美しく写っていると、だれも言ってくれないだろうと思い、自分で言っております。 今年で69才になります。孫が5人になりました。まだまだやること、やりたいことが、この100年一度の大不況の中でも一杯にあります。 みなさん、今年は仲良く、互いに尊重し合い、生きることをしていきませんか?
戦後キリスト教が自由に活動が出来ることによって、海外から多くの宣教師が日本にやってきた。
その一人にコルネリオ・ファーベイ宣教師が南アフリカからやって来た。
日本伝道隊という宣教団体が日本にあって、そこに派遣されてきた。若干19才の時であった。
戦後の日本は物資も精神的にも欠乏状態であった。戦争中は天皇に身をささげ、魂を靖国に奉っていただくことを夢見た多くの若者が、天皇が人間宣言をして、その決心の虚ろさに魂は呻いていた。
仏教に救いは無く、ひとしきりの新興宗教も解体しており、多くの若者はキリスト教に入ってきた。
日本の伝道団体事務所に、美しい一人の女性が、イギリスから宣教師として、派遣されて来ていた。彼はみそめた。夫婦となり、大阪の羽曳野市に派遣先が変わった。
その支部の近くに羽曳野病院という、大きな結核療養所が出来た。患者数が700名を数え、しかも当時の栄養失調による肺結核患者は、今のガンのように死に至る病いであった。患者は治る見込みがないと判ると、人生をヤケになって、自暴自棄になるか、人生を見つめ直すかのどちらか、二分されたような時代であった。
そこにキリスト教の布教を夫婦で始まった。思いがけなく、多くの方が入信を決心をし、人生に希望を持って喜んで生きるようになった。
知って欲しいこと
今日はメールでニュースが入りました。ほっておけないことなので、飛び入り報道します。
下記の文章は送信されてきたそのままです。
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インドから、どうしても日本の人たちにお祈りしてほしい内容があるので、メールさせていただきます。ぶしつけなお願いですみません。
日本にはおそらく情報が行っていないと思うので、敢えて伝える必要があると思いました。世界の片隅で起きている出来事の一つと思わず、自分の兄弟が直面している現実と考えてくださるようにお願いしたいし、僕もそのように考え、祈るように神様に示されています。
重荷を感じた人は、祈るとともに(グループで祈ってくれるとなお感謝)、知り合いにもこの文章をコピーして、転送してお祈りしてもらえるととても感謝です。
祈ってほしいのは、オリッサという州で起きている、クリスチャンの迫害についてです。