ようこそ! 日本ミッション 2010年9月 5日(日) 20:33 JST
霊験あらたかな交通安全や家内安全、入学祈願、ありとあらゆる悩む問題に対して、お守りやお札が存在しております。薄い紙の物から貴金属のものまで、販売価格で、品物の状況が変わります。
愛車のボディに貼りつけたり、ぶら下げたり、あるものは肌身離さず大事に大事に持っております。
しかも腰に付けたり、ぶら下げる袋に入ったお守りは、今から六十数年前の第二次世界戦争の折に、出来た最近の事だと前回説明しました。
また、お守りを大事にするのは、日本人独特の行為です。外国人が後生大事に肌身離さず持っている姿を見たことがありません。それこそ、日本に宗教が伝来してきたルーツとも言われている、韓国や中国でさえ、仏教国タイに行きましても、お坊さんの誰一人として、お守りを持っている人はいませんでした。世界中捜しても、日本のようにお守りを大事に扱っているのを、あまり聞いたことがありません。
これはどうも日本人独特の信仰心ではないでしょうか。全ての物体に(紙切れ、板にも)霊が宿り住んでいる、と言う東南アジア系民族の信仰から来ているようにも思えます。 つづく
わたしは神戸に住んでおりました。神戸の西にある明石の天文台の近くに「柿本神社」(通称人丸神社)があり、行ったことがあります。万葉集の歌人である柿本人麻呂が奉られている所です。 その神社が発行しているお守りがあるのですが、その中に、二種類のお守りがあります。一つは安産のもの、もう一つは火災にならない防災のお守り札です。
歌人を奉った神社が、どうしてこの二種類を発行されている、理由がお判りになりますか?かなり昔、宮司さんに聞いたことがありました。
お守りを発行する根拠は、二種類とも、名前が由来であると言われました。わたしは歌人(今風に言えば作詞家)であった柿本人麻呂が、安産と防災に、幾ら考えても結びつきません。とうとう判らないため、どうしてですか、と尋ねると、やさしく宮司さんは教えてくれたのですが、笑い出しました。
安産のお守りは「柿本人麻呂の、人麻呂と言う名前に由来がある」と言うのです。そう言われても判らないので、聞き直しますと、つまり、「ひとまろ」「ひとうまろ」「ひとうまる」「人、生まれる」という事で簡単に人が生まれてくるように「安産」のお守りを発行していると言うことでした。
気になるもう一つの方は、「ひとまろ」「ひとまる」「火、止まる」 それで火事から守られると言うのです。そのどちらも、いつから始まった考えなのか不明ですが、だじゃれ、言葉遊びで、人命に関わるお守りが作られていることが判りました。
日本人のほとんどの人は、前号で「アニミズム」と言う霊魂主義の信仰形態を有していると申しました。つまり、動植物から自然山野、人間が製作した造形物に至る、全てに霊が存在するという信仰が、根深く浸透しているという立場です。とくに昔の偉い人の形に似せた木像や石像には入魂式やら行って霊の存在を示したりするものですから、水晶玉、壺、印鑑、また神社が発行するお札から、交通安全のお守りの中にまで、霊が宿ると信じています。
たとえそれが、プラスチックや布製品で、しかも海外で大量生産されて、輸入したものまでも、人間の未来や過去を左右する霊が宿っていると考えるのです。
このように何処にでも霊が存在し、目に見えない物への恐怖心を持っているのが日本人のようです。 また、儒教の教えから、親、先祖を尊ぶ心がある事を利用して、先祖の霊や背後霊、守護霊などとの言葉が造られ、畏怖の念も含め、恐怖概念を植えつけられています。
そして、その恐怖心から守られるように、お守りを持って慰め、安心を得るのです。
しかし、お守りがある教えは仏教にはありませんし、神道にも本来はそんな教えはありません。しかも、身につけるお守りは、昔からの伝統ではなく、近年(わずか六十数年前)になってから始まったもので、その時代、その場の状況、流行により、即応し変化したお守りが加えられているものなのです。(つづく)
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お守りが第二次世界大戦中に生じた事だと話しました。その続きです。
肌身に付けるお守りが戦後、京都の西陣から発祥したことを、殆ど知らない人が多いでしょう。
お守りといえば、美しい織の袋に入ったものが定番のスタイルです。でも、昔のお守りは袋に入れる習慣はなく、神様の名前や祈願文が書かれたお札を家の柱に貼るものでした。ご利益は、「火の用心」とか「家内安全」「商売繁盛」など、家や家族を守るものがほとんどでした。なかには、祈願文の入った板札を首にかける肌守り(板が割れると厄を逃れたといった)もあったそうですが、お守りは現在のように持ち歩くものではなかったのです。
ところが、戦争が始まり、生きるか死ぬかの戦いには、どうしても目に見えない神仏に(現人神である天皇に)守っていただきたい、勝利をしたい。そんな心の叫びを受け、戦争中、神社が国の支援を受けて、兵隊さんに「武運長久」のお守りを授与し始めました(武運長久=戦争に勝って生きて還ってくるようにという意)。
家族は、そのお守りを兵隊服に縫い付けたり、ハギレで作った袋に入れて持たせ、出征を見送ったのです。
そこで、「大切なお守りは、ちゃんとした丈夫な袋におさめて身に付けた方がいい」と考えたのが、西陣の老舗織物会社「S社」。全国の社寺を行脚し、西陣織のお守り袋を全国に広めたのだそうです。現在でもお守り袋の生産は全国ナンバーワン! 社寺の多い京都において、そのほとんどを手がけているそうです。
六曜のからくり
合理主義の最近になっても、結婚式の日を決定する時や、建築や公的書類の届けにまで、良い日悪い日と、気にいたします。家を建てるとき、交渉日から完成の時まで、何でも良い日を選びます。「大安」ならば、たとえ嵐が来ようとも、良い日なのです。死ぬ時でさえ気にしながら死ななければなりません。焼かれるときが「友引」の日でしたら、焼き場は休日となり、翌日に焼く事になって、家族は一日余分に、腐りかかった死体と一緒にいることとなります。おかしな日本人です。何故こんなにこだわるのでしょうか。
一般の人が、六曜を信じていると言われますが、1996年のNHK調査では、「神様や仏様に願いごとをすると、なんとなくかなえてくれそうな気がする」には五四、一%も答えています(出典:NHK放送文化研究所・編 『現代の県民気質-全国県民意識調査-』 NHK出版 H9.11 付表66ページ)。
しかし、その解説に、単に気にするだけで、本当は信じていないだろうとありました。信じていなくてこだわるのです。