ようこそ! 日本ミッション 2010年9月 5日(日) 20:14 JST
「つかしん」に山口百恵さんが座ったイスがある。
20数年前、山口百恵さんが東京の霊南坂教会で、当時余り一般化されていないキリスト教挙式を上げられた。その時の報道陣の過熱ぶりは、今でも思い出す。そしてその挙式の時に座っていたベンチが今、兵庫県尼崎市の「つかしん」の、商業ゾーンの中のチャペルにあることを余り一般に知られていない。
つかしんチャペルの建物が出来るときに、丁度、霊南坂教会が改築される時期であって、ベンチの処分を考えておられた。そこでつかしんチャペルの牧師達が頂戴してはどうかという話しになり、寄贈していただいたものである。その時にドアもステンドカラスも一部の机も、由緒ある備品をほとんど頂戴して「つかしんチャペル」が出来ている。
霊南坂教会のベンチには番号が背に付けられていて、山口百恵さんが座ったベンチが、何番であると言うことが判っている。わたしと故橋本氏と一緒になって、左最前列に並べ、誰でも当時の感激を味わっていただこうと、移動したのである。
そのためにチャペルが出来た当初は、買い物ついでに立ち寄って、おばちゃん達がキャーキャー言いながらその場所に座って喜んでいた。ご自分の結婚式を思い出しながらのことであるが、正直に言って百恵さんとのイメージが合わない。(失礼)(-_-;)
でも、結婚は神が人間を創造したその時に定めた行為であって、神の祝福のある生き方なのである。体型体重がどうであれ、論外であり、男と女が一体となる行為が結婚である。
久しぶりに徳島へ
5月3日夜、OK牧師の招きで久しぶりに徳島へ、結婚式のために伺った。道路がゴールデンウイークで混雑していると思っていたら、意外とスムースに高速バスが動いて、定刻通りに到着した。すでにOK牧師がお迎えをして下さっており、恐縮したが久しぶりにお会いでき、打合せも出来てありがたかった。
5月4日 11時の結婚式を、司式することになっていた。会場は立派なホテルであり、本当の教会より綺麗なチャペルが備えられていた。新郎新婦も、とても良い感じの二人であり、これはきっと良い夫婦になるなあと思った。
この時の式は、ホテルが用意しているプログラムが、私のいつも行なっている式順と違っていた。それは、決められたことだからその通りにしないと、問題となる場合がある。なんとか問題なく一応やったが、勝手が違ったので、メッセージをいつも話していることと、久しぶりに変えてみた。
当然、二人の祝福になるように、聖書に基づいて「夫婦は一体」であると、心から語らせていただいた。
式が終了した後、新郎のお父さんが近づいてきて、二人の事よりもご自分が感動して、良いメッセージをありがとうございました。と言われたのは、久しぶりである。結婚式での話しで、二人が泣くことがあるが、お父さんまで感動してくれたことは嬉しかった。
国際弁護士から電話があった。
つい先日、親しい国際弁護士、S氏から突然に電話があった。内容はキリスト教結婚式に、牧師や宣教師以外の者が、ガウンを着て司式をすることはどうなのか、と言うことであった。良く伺うと、東京のある宣教師が、一般のホテル式場で行っているキリスト教結婚式に、クリスチャンでもない人物が、牧師のガウンだけ着て行って、お客を騙していることを訴えたい、と言うことらしいのである。内部告発である。
それについての意見を求められてきた。私に知識があるわけではないが、国ではハッキリと「宗教行事」と法律で認め、税制面等も優遇が成されている。それをイベントとか、ファッションだと、式場側が詭弁を用い、キリスト教の結婚式を牧師でない一般人で行わせるのは詐欺罪に当たる。そのくらいは知っている。
しかし、現在は余りにもキリスト教の結婚式場が増えすぎている。そんなに牧師がいるわけではない。特に外国人、しかも白人系の宣教師(牧師)を望んでいる式場は、無数とある。
現在、日本にいる宣教師数は、2076人(2007年度JEMA報告)だけである。その中には女性もいれば、黒人、アジア人の方が含まれている。白人の男性だけで、正式な宣教師は約半数であると考えても良い。
それに比べ、結婚式場は全国に何万とある。それらの式場は、本当の外国人牧師をどこから調達しているのであろう。???
「ダンダダダーン、ダンダダダーン」と、ワグナーの結婚行進曲に合わせ、扉が開けられ、新婦とお父さんが入場をしてくる。新郎は講壇前で出迎える。どの結婚式場もほとんど一緒である。
実はこれが聖書の宣言のことばを、象徴的に表した入場行進であることを、ほとんどの人が理解していない。
結婚宣言の時に「父と母を離れ、二人は一体となるのである。」と牧師は宣言をする。
父と娘が入場をし、途中で新郎に父は挨拶を交わした後、娘を託す。そして父は娘を離れ、母の横に立つ。ここで新婦は、父母を離れ、娘として家族を離れ、独立宣言を成すのである。父が離れると新郎は新婦を迎えに行って、二人は一体(単なる一緒ではない)となって、新しい人生が開始されていく。つまり、ヴァージンロード、処女航海へ船出していく道となるのである。
また歩き方で、左足を出して右足を揃え、次ぎに右足を出して左足を揃え、それを繰り返して進むステップがある。
これは日本独自の進み方で、聞いた話しでは、東京のある牧師が、教会が小さいために、ヴァージンロードが短くて、行進曲が余る。そこで時間稼ぎのために、一旦揃えるステップを編み出したそうである。そう言えば海外で、そんな歩き方をする結婚式を見たことがない。つまり、普通の歩き方でよいのである。
キリスト教結婚式で、一番よく歌われる「いつくしみ深き」は、文部科学省(旧文部省)唱歌「星の界」「星の世界」として、小学校で歌われてきた曲と同じです。大人はメロディに馴染みがあり、何となく、歌えるものです。
しかし、どうして結婚式で、この曲が歌われるようになったのかは定かではありません。世界的に有名な讃美歌であり、教会でも良く唱われるためなのか、それとも明治時代の後期、キリスト教結婚式に一般の人が来られた時に、馴染みのある曲が選ばれたところから始まったのか、定かではないのです。
ではどうして、日本基督教団発行の讃美歌に、この曲が「結婚」という項目に入らずに、「祈祷」の項目に入れられているのでしょうか? 由来を見ると、喜び、祝福する結婚式にふさわしくないような、悲しい物語の舞台背景があるようなのです。
作詞者はジェセフ・スクライヴィンさんです。彼は大学を卒業し、かねて婚約中であった彼女と幸せな結婚式が決まって、最高の喜びに期待し、自分の人生を神に感謝していました。そしていよいよ明日結婚式という前日に、相手が船の事故で溺死をしてしまったのです。彼はそのショックから立ち直ろうと国を離れ、カナダに移住しました。そんな彼を助け、支えてくれたのは、海軍大尉でした。その大尉にの娘も、彼を慰め、励ましていました。やがて彼は心が慰められ、落ち着きを取り戻すと、その彼女が自分の一番の伴侶として思い、婚約をするのです。