Geeklog Site http://j-mission.com Another Nifty Geeklog Site takahara@j-mission.com takahara@j-mission.com Copyright 2009 日本ミッション Geeklog Sat, 29 Aug 2009 18:54:53 +0900 en-gb タイ、たい、鯛 http://j-mission.com/article.php/20090321175356153 http://j-mission.com/article.php/20090321175356153 Sat, 21 Mar 2009 17:53:56 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321175356153#comments 海の生物から学ぶ <p>タイ、たい、鯛&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1998年記</p><p><img height="124" hspace="3" width="250" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%9F%E3%81%84.JPG" />■ この頃、私が休日も無く働いていたので、家内が気を使って「息抜きにスタッフと夕食でもどう?」と誘われた。意志が弱い私は「そうだなぁ」と了承。仕事途中であったが、出かけることになった。夕日がきれいな関西国際空港では?との提案に、又「そうだなあ」と了承。<br /> とにかく世界の物産が安く入手するらしいので、「りんくうパパラ」に行って、買い物でもしてから夕食にしようと言われたので、「そうだなあ」と相談が決まった。<br />■ 関空は世界でもめずらしい、海の中に出来た人工の島にある。便利さと効率を考えて斬新な人為的デザインと人造大理石や造花をもって、華やかに空港ができた。しかし、本当の緑も川の流れも無い所は、余り好きになれず、海外に行く人を見送る以外、行かない所である。<br />■ でも、今日は疲労を慰労する目的で行くことになった。平日で給料日でもない午後だからか、「りんくうパパラ」に着いたら、人はパラパラ。並んでいる店も開店休業の状態で、定員さん達は、私たち数人の一団に注視。少しでも自分の店へと、満面の笑みを見せて誘惑する始末。遊具はすべて止まっていて、少しでも近づくと係があわてて動かす用意をしようとする。一人で乗っては気の毒な気がして、結局は何も乗らず、何も買わなかった。<br />とうとう、橋を渡って関空の中のレストランに行こうと言うことになって、「そうだなあ」と返事をしたので行くことになった。<br />■ シャトルバスに乗って、対岸の関空内の食堂に入り、大体お決まりのメニューを注文したが、みんなで鯛のマリネを食べてみようと言うことで、「そうだなあ」と思い、一皿注文した。<br /> 新鮮な鯛の切り身が、独特のオイルに胡椒をブレンドして並べられてやって来た。おいしかった。<br />■ しかし、鯛と言っても本当の鯛は、日本では一属一種のマダイだけだそうだ。同属とされていたゴウシュウマダイも、骨格構造に少しの差があって、同属別種とわかった。今我々が口にする鯛は、ほとんど代用品で、全くの別種のアマダイ、イシダイ、キンメダイ、イトヨリダイ、ハナダイ等々あげれば、キリがないほど偽物だらけである。日本人のタイに対する愛着の強さは世界にもマレであり、「くさってもタイ」と言われるように、鯛は高級魚のイメージがあるし、めでたい席の代表格である。鯛と名前をつけるだけで高く売れるのである。<br /> また、鯛は赤いとは限らず、クロダイ、キチヌのように黒い鯛もいる。味も一緒であるため、刺身等の料理される所は、ほとんど本物として用いられる。今回食べたのも実は代用品である。<br />■ この「代用品」と言う言葉は、戦後の物資が無いときに頻繁に使われた。しかし、物があり余る豊かさの今に、戦後より新種の代用品が多く出回っている。全く別の種類にもかかわらず、それらしく名をつけて販売され、偽物が本当のようにまかり通っているのである。今や余りにも雑多な商品や種類が出現して、名前だけでは、本物が判らないのではないかと思う。<br />■ 複雑化した人間社会も同じような気がする。偽者であるのに、上手に対応して本物と思い込ませる。<br /> ある展示会で、専門家らしく宣伝していたコンパニオンに、ある質問をしたら、答えが全く判らず、あわてて詳しい本当の社員がやってきたことがある。外観ばかりが本物に似ていて、別種の人物がいる。<br /> ホテル等で、キリスト教結婚式をしていても、クリスチャンちゃんでもないのに、神を信じないで、かっこ良い外国人(多くは英会話教師)が、堂々と偽者でやっている所が多いと聞く。オーム真理教のあきれた宗教も、統一教会も、現代の余りにも雑多な宗教の種類が出回った結果によって、生み出されてしまった警告であろうと思う。<br />■ 聖書に『わたしの名を名のって現れ、自分がキリストだと言って、多くの人を惑わすであろう』(ルカ24:4)と、終末の時代をイエスが預言をしている。まさに現在は偽物と偽者だらけ、偽装、偽証の蔓延で、真実が見えない。飽食物質文明の繁栄の裏返しは、見かけだけの代用品の氾濫ではないかと思える事件が多い。今こそ質素にし、静かに本物を見極めたい時だと思う。</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321175356153 コブシガニ こぶしがに 拳蟹 http://j-mission.com/article.php/20090321175005498 http://j-mission.com/article.php/20090321175005498 Sat, 21 Mar 2009 17:50:05 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321175005498#comments 海の生物から学ぶ <p><span>コブシガニ こぶしがに 拳蟹</span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1996年5月記</p><p><img height="149" hspace="3" width="234" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%93%E3%81%B6%E3%81%97%E3%81%8C%E3%81%AB.JPG" />■ アメリカの保険会社、住専始め、大蔵省、銀行の失敗した損失を、関係の無い国民の税金で補うことが、一方的に政治決着され、政治不信と不満が、今、日本中を沸騰させている。 更に今度は、旧国鉄と郵政局が抱きかかえている莫大な赤字も、国民の負担にしようと考えているらしい。<br /> エイズ問題では、天下りの官庁役人が企業を運営し、法律を操ってまで、自分達の利益を優先して、弱者を考えずに多くの人命を死に至らしめた。<br /> こうなると、オーム真理教だけが、狂気の集団ではないように思える。誰もが人の弱みにつけ込んで、私腹を太らせている。弱者を守るためでなく、自己保存のために知恵を働かせている。こんな社会悪を見つめていると、寒気が走る。<br />暖かさが来ない今年の寒い春に感じている。<br />■ しかし、気候を肌で感じるより、暦が春になればピクニック。いやこの春は潮干狩に行きたいと、時期で計画を立てる。<br /> 遠浅の白い砂浜を、出来るだけ沖に近づき、波が足をひたひたと濡らしては引いていく中で、沢山の貝を集めたいと、想像するだけでも楽しい。<br /> 潮干狩は、大坂近辺で、出来る場所がなくなってしまった。以前は和泉佐野市にあったが、関西空港が出来て無くなった。一部にその痕跡は残っているものの、貝はいない。<br /> 7年程前にこの浜に来て、多くの貝を持ち帰り、味噌汁の具にしようと、予定をしたが、貝殻とカニだけ持って帰るだけだった事を覚えている。それでも家族の楽しい、晩春の想い出となっている。<br />■ さて、カニと言えば、幼い頃に神戸の海岸で、小さなカニが、石を抱えて動き回っていたのを思い出した。今になって何故思い出したのか判らないが、図鑑を見ていたら、面白い事が書いてあった。<br /> それは、オスがメスを求めたのに、相手になってくれるメスがいなかった。抱きかかえる事が出来なくなった寂しさの故に、メスの代理に調度良い石を抱えて、代用のメスとして自分で慰めているらしいのである。<br />■ 少年時代、そんな悲しいサガ(性)であったことも知らず、カニを追っかけると、慌てて石を落とし横走りで逃げて行く、ユーモラスな姿を楽しんだものだ。 カニは落とした石(メス)が忘れられず、再び拾うとして戻ってくる。そこをまた脅すと逃げ、また拾いにくる。その度に脅すと逃げるので、ゲーム感覚で遊んだものだ。<br /> カニにとって、もう少しで抱えられる寸前で、脅かされるので、心は苛立つ。たまったものではない。それでもオスとしての立場上、石でもいいから、かっこを付けなければいけないのである。辛いのであるが、逃げては戻る、繰り返しの習慣が身に付いている。<br />■ 図鑑ではとくにマメコプシと言うカニが、この行動を取っているらしいが、このカニは晩春になるとオスがメスを抱え上げ、そのカッコのまま一緒に砂にもぐったり歩いたりして、アベック生活を続けると言う。しかもメスを抱えあげ続けたまま2~3週間も続くと言うのだから大変な労力である。寿命の短いカニにとって、この期間は大変な長さである。実際に交尾をする時期は、6月下旬から7月下旬にかけてのわずかの数分間だけで、アベックの期間に比べてあまりにもあっけない結末である。<br /> このカニの生態はごく身近かにありながら、本当の詳しい生態は判っていない。日本の政治も私たちに身近なものなのに、実体はよく判らない。更に政治家が犯した大きな問題の石を、国民にとって何の慰めにもならないのに、いつまでも重い石を、抱えさせられて寒いこの春を過ごす事になる。捨てれば良いのに、持つことが当然のように言われて、反論できずに抱えてしまうのである。<br />異常気象の悲しい日本になったものだ。<br /> 特に住専の関係者は、本来自分が抱える石だから、他人に抱えさせて、絶対にくつろいで欲しくない。<br /> 「精一杯、努力をして、善処するよう、頑張っているところです。」この責任のない政治用語の羅列を、繰り返さず、本当に慰められる相手(実証)を与えて欲しいものである。<br />■ コプシガニの名称はこぶしを握った形に甲羅が似ていたので、見たまま名前をつけたと図鑑に書いてある。それにしても、安易に名をつけられたカニが、気の毒と思うなら、政治家達が本来抱える石を、幾分かでも責任を取って、負担を軽くしてもらいたい。桜が散っても、寒い大阪の商業の町へ、コートを着て出かけた。<br />■ 人の心には多くの計面がある。<br />しかしただ主の、み旨だけが堅く立つ。(箴言19:21)</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321175005498 ナマコ、なまこ、海鼠 http://j-mission.com/article.php/20090321173704341 http://j-mission.com/article.php/20090321173704341 Sat, 21 Mar 2009 17:37:04 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321173704341#comments 海の生物から学ぶ <p><span>ナマコ、なまこ、海鼠</span></p><p>英名がSea cucumber(海のキユウリ} 1990年2月記</p><p><img height="178" hspace="3" width="225" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%AA%E3%81%BE%E3%81%93.JPG" />■ 年未の忙しい中を、予約していた旅行に、家族とスタッフで無理をして行った。冬は暖かい南の九州へとしやれこんだのだが、この時は例年になく寒い年であったとのこと。当てがはずれたと言っても、やはり南の黒潮に囲まれた天草、雲仙、長崎、平戸は温暖で、海産物が豊富であった。<br />■ フェリーの待ち時間に、近くの市場をのぞいた。殆ど生きたままが売られていて、小2の娘は驚嘆の大声を出しっばなしである。<br />&nbsp; その中で.気味悪い灰褐色の塊がイケスに4~50匹入っていた。「ワァー、これは何?」例によって大声。みんなが集まるまで叫ぶのである。家内が「なまこ」よ、昨日旅館で食べたものよ、と説明。「うっそ一」信じられない。そう言えば娘がおいしいおいしい。と器を空けたのを思いだした。何やら説明を聞いて娘が「ゲェー、ゲェー」とジェスチャーをやりだしたが、戻るわけがない。確かにグロテスクなイポイポに、ぬらぬらした「なまこ」を初めに食べた人は勇気が必要であったと恩う。<br />■&nbsp; ナマで食する民族は世界広しと言えど、日本と南洋のパラオ島のカナカ族だけだそうだ。乾燥したものでも中国,ソ連(ロシア)で売られているぐらいであり、西洋では触るのも嫌がる。<br /> しかし、ナマコは脂肪質がなく、栄養価はタンパク質だけで、水分も多く、肉にはコンドロイチン硫酸が含まれているそうである。この有機化合物はウシの軟骨の主成分で、結合組織の抗張力や弾カを保つのを助けると言われている。つまり、不老長寿の薬といわれるゆえんも嘘ではない。<br />■ それにナマコは驚くほどの再生カを持っていて、タマナマコを輪切りや縦切りにして腸を取り出した後、海中に投げいれておくと、切リロがふさかって、体内に腸が再生されてくる。そして2年目にはふたたび食用として採集できると言うのだから、トカゲのシッポの比ではない。ただし、肛門で呼吸をしているため,輪切りにされたからだの前端部は、呼吸が出来ずに死んでしまう。<br />■ ナマコが前後不明、正体不明の不気味な彼らも、れっきとしたウ二やヒトデの仲間の、棘皮動物である。<br /> 名もなまけ、怠けの言葉から来たかのように、海底にジーッとしているようであるが、1日52mもはいまわっている記録がある。<br /> 更にナマコは、汚れた砂を食べ、砂にまじった原生動物や底生珪藻類を、腸内の酵素によって、分解吸収して栄養をとって生きている。しかも、肛門から排出される不用の砂は、体内できれいになっている。まさに砂の炉過器である。<br />■ パラオ島のサンゴ礁では、40万7000匹が面積79万8500㎡の場所で、年間1万2460tの砂を排出していたと調査報告がある。これば1㎡の海底で、15.6kgの砂が食べられていたことになり、地球を汚す人間に対し、有機物を取り去って浄化する、海底の掃除人として、現代では殊更に貴重な神の創造物、作品である.<br />■ 人間から見た目は、決してうるわしくはないが,汚染が進む今の時代だからこそ、ナマコを尊敬し、大切に見守ってやらねばならないのではないかと思う。<br /> 以前にも、人は外かたちを見て、神は心を見ると聖書を引用した。とかく人間は実情、実態を本当に知らないで、見た目で判断をし、利益を根底にした知識で、他人を査定してしまう気風があるようだ。<br />■ 神がノアの時代に、全世界を滅ぼそうとされたのも、人間が思いはかることすべてが、悪だからであった。世界の自然がのろわれたのも、人間側から生じさせた罪からであった。<br /> 地上と空の生物は、箱船に救出された種類だけが現存しているだけで、残りの全ては生物化石の石油、植物化石の石炭と化してしまった。<br />■ 地球汚染と砂漠化、温暖化も人間の勝手な利益追求のなせる結果。今までになかったような自然の猛威も、地球世界の限界が来ていることを訴えているようである。<br /> 今だからこそ、まだ少し間に合う時に、永遠の命のために浄化を真剣に、急いで考えねばならないと思う。もう外見や見た目にこだわらず、たとえナマコのようにグロテスクであったとしても、動きも速やかでなくても、地上に積もった幾多の政治、経済、教育関係の腐った人間が、排出した汚物を、浄化してくれる物を大事に育てなければならない。<br /> 政治、経済界だけでなく、宗教界、キリスト教会も、本質の浄化と和解を、必要としている時代が来ているのではないだろうか。<br />&nbsp;</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321173704341 サンゴ さんご 珊瑚 http://j-mission.com/article.php/20090321173200337 http://j-mission.com/article.php/20090321173200337 Sat, 21 Mar 2009 17:32:00 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321173200337#comments 海の生物から学ぶ <p><span>サンゴ さんご 珊瑚</span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1994年6月記</p><p><img height="158" hspace="3" width="209" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%95%E3%82%93%E3%81%94.JPG" />■ 夏は暑い、当たり前のようであるが、地球温暖化か、どうしてなのか知らない。平成5年は冷夏で、お米が獲れず、平成の米騒動となった。金持ちは海外のお米を買い入れた。東京では金持ちの電気屋が、勝手にお米を販売して、食品販売法違反だと、賛否両論、取り乱れて世界をゆり動かした。政府、マスコミが騒いだ。人の弱さを商売のネタにする大組織のエゴである。これは夏が暑くなかったためである。こう思うと、暑さも神の祝福、恵みであると、壊れたクーラーを前にしてお金の工面を考えている。<br />■ さて、夏は沖縄が若者に限らず人気の場所である。<br />青く澄み切った空と海、そして白い珊瑚礁の浜辺は、人とゴミと金権主義の都会生活から、解放してくれる魅力の場所てある。お米一粒で一喜一憂する日本本土には無い、風景だ。<br /> 私も沖縄に行った時、太平洋の海外から来る荒波が、はるか彼方の沖合の珊瑚礁で、白く打ち砕かれて、こちらには静かなさざなみだけが来ている景色を目にした。珊瑚の上を歩いて、沖合へ数百メートルでも、行けるように思える程、遠浅で水は透き通っていた。しかも太陽と雲のコンビネーションによって、海底の珊瑚礁と合い重なって、反射の違いで海の色が微妙に変化する。美しい幾種類もの青色を、私たちに見せてくれた。この自然、空気、光、すべてが美しく輝いていた。珊瑚礁があるからであった。<br />■ 世界はこの珊瑚を守ろうと、自然保護団体に限らず必死になっている。珊瑚があるところには、さまざまな命が存在し、成長があるからである。<br /> 珊瑚にも種類があって、造礁珊瑚と非造礁珊瑚の二つに別れている。学名では腔腸動物門、花虫網、六放サンゴ亜網、イシサンゴ目に属するものが.比較的浅い海で形成される造礁珊瑚で、もう一つは、主に装飾品や金魚鉢に飾ってあるもので、八放サンゴ網、ヤギ目に属する非造礁珊瑚である。ポリプ、つまり珊瑚の先端部分の、口に羽状の触手が6本と8本の違いで、分類学上も別のグループに分かけられている。<br /> 珊瑚礁は、その色彩の多様さに似て、複雑な構築物の生態を、よく知られていない。なぜコンクリ-トのように、かたい石灰岩に固まるのか、その仕組みも判っていない。<br /> 珊瑚礁でサンゴが成育する所には、なぜかきれいな酸素を出す海藻が少ない。植物プランクトンの量も少ないとされている。なぜなのか不明だった。しかし最近、褐虫藻という植物プランクトンを、サンゴ自体が閉じこめ、体内で培養して、栄養としているらしいことがわかって来た。この褐虫藻は、光合成を行ない、炭酸ガスを取り込み酸素を出す。それをサンゴが呼吸に使い、海水中からカルシュウムの材料を得て自分を成長させていた。サンゴの成長する過程が、動物なのに、光を求める植物的に見えるのはその為である。<br /> 大きくなったサンゴには、多くの生き物が群がってくる。魚たちはサンゴの林で、舞い遊ぶ鳥や蝶のように、色とりどりの自分のカラーを、見せびらかせながら生きている。気になったことは、珊瑚礁に守られている熱帯魚の体は、平べったく巾が無い。この魚が追いつめられると、ほとんどサンゴの枝の根元に体をへばりつかせ、ひれの棘を立ててサンゴにひっかけて出てこない。手を伸ばして捕らえようとしても.サンゴの枝が城壁になって入れない。自己保全のために他者の立場を利用する。共生動物達のずるさである。こんな人間も少なくないなぁ-と考えたりする。<br /> ■ しかし全ての生物が、サンゴに守られている訳ではない。オウギガニ科の、ドメシアというカニのように、自分がサンゴに穴をあけて、住んでいるように始めは見えるのに、事実はそうではなかった。<br /> サンゴは、カニの定住する一部を、自由空間として残しながら、徐々に周囲を取り囲んで行く。カニは、成長途中では、自由に出入り出来るし、心地よい住み処だと思っている。しかし、サンゴは出口を小さくしていき、ある程度成長した時には、出口の穴が小さくなっており、その中から出さずに、はかなく一生を終えさせるのである。<br /> ■ 確かにサンゴは、弱者を守る働きもしているし、貴重である。美しい飾り物としても崇められるであろう。しかし大きく成長できたのは、光を求める小さな植物を取り込んで、酸素を与えられて、生かされている。大きくなると、他の生き物を閉じ込めて食料(食い物)とする恐ろしさも兼ね備えている。人間社会も大企業や政府の要員は、小さな弱者を、足場に大きくなっている。これが神が定めた、自然の性であろうか。</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321173200337 シャコ しゃこ 蝦蛄 http://j-mission.com/article.php/20090321172429872 http://j-mission.com/article.php/20090321172429872 Sat, 21 Mar 2009 17:24:29 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321172429872#comments 海の生物から学ぶ <p><span>シャコ しゃこ 蝦蛄</span></p><p><img height="237" hspace="3" width="224" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%97%E3%82%83%E3%81%93.JPG" />■ 先日、奮発してお寿司やさんに子供と入った。すると小学1年生の娘が、「ここ、お寿司が回ってこないねネ。」と言った.笑うに笑えない家庭の事情が出てしまって、恥ずかしい思いをしたものである。<br />■ 同じところで、ガラスの冷蔵室に入れられたエビに似たものを指さして、「あれ、エビ?」とたずねられたので、見るとシヤコである。寿司にはつきものであるが、回転寿司屋では、おおかたお目にかかれない。「食ぺて見るかい」と言ったが、少し気味悪く思ったのか、いらないとのこと。それではと言うことで、私が口にしたのだが、ワサビのききすぎで、味はいまひとつであった。<br />■ 寿司ネタのほとんどが、輸入品と聞いていたので、シヤコも輪入品と思っていたら、日本の内海で、しかも東京湾で一番多く、漁獲されると間いて驚いた。海はまだまだきれいなところがあるのだなと思ったら、さにあらず、泥の海底からでないと、生まれないと知ってなお驚いた。<br />■ 泥沼のハスの花と同じく、泥海の美人であるそうで、サンゴ礁などにいる種類は、とくに色彩が豊かだそうだ。皮を剥いだ身は寿司屋で見るのだが、その生きた姿を目にした人は少ないし、私もない。<br /> シャコは一見エビに見えるが、種類を異にして、ロ脚類に分類されているが、学問上系統はあきらかでなく、まだまだ謎のある生物である。<br /> 特にエビと大きく遠うところは、第2胸脚がカマキリのはさみによく似た形をした捕脚があることで、これをさっとのばして魚や小エビを捕えて食ぺる。このことから英語で&ldquo;カマキリエピ&rdquo;(Mantis shrimp)と呼はれている。このはさみには、鋭いとげが5~6本あり、のばすと7~8cmも前にとどき、そのパンチ力は、世界チャンピオンの比ではない。カ二の甲羅はもちろん、二枚貝さえ刺しとおす程、非常に強力である。そして捕えたえものは胃に送り込まれるが、胃にも大きな歯があって、こなごなにして消化してしまうのである。<br /> 昼間はきたない海底にシャペルのような尾で、浅いU字形の穴を掘って隠れているが、夜になると穴からはい出し、2つの目をぎよろつかせ、えものをあさる。武器をもってしのび歩き、手当りしだいに鋭いナイフを振り回すシャコは、海の愚違隊とでも言ったさまである。<br /> ところが貧欲に魚やエビなどを食い荒すので、漁場で嫌われ者の横暴なシャコも、我子だけには死んでも守ろうとする母性愛がある。<br /> 卵は5万粒程産み出される.卵自体は直径約0.5mmの小さな球形であるが、外側に糸状体が出ていて、互いに〈っつき、直径10cmのまんじゆうのようなかたまりとなる, メスはこの卵魂をふ化するまで後部3対の顎脚でロもとにしっかりとかかえている。縄にかかって引き上げられてもこの卵塊をはなさないので、シャコは口から卵を産むと思っている漁師もいる位である。<br /> <strong>「このように、あなたがたは悪い者であっても、自分の子供には良い贈り物をすることを知っているとすれは、天にいますあなたがたの父はなおさら、求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか。」聖書マタイ 7:11<br /></strong> 性格は悪いし、嫌われ者、しかもきれいな所には住めなくて、ドロドロと汚れた環境が性にあう。こんな人ほど、自分だけの事と、自分の子だけへの可愛いがり方は異常に強い。他人の心情など考えられずにひたすら自己保存に徹している.自分の子供には、高価な可愛い服を着せておきながら、学校の給食費も払わない、身勝手な親と一緒である。<br /> 自分をかまってくれないと自己卑下で悩んでいるのも、一種の、自己保存が強すぎる、愛と信仰が足りないシャコさんである。反省吟味をする時である。</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321172429872 コバンザメ こばんざめ 小判鮫 http://j-mission.com/article.php/20090321171122165 http://j-mission.com/article.php/20090321171122165 Sat, 21 Mar 2009 17:11:22 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321171122165#comments 海の生物から学ぶ <p><span>コバンザメ こばんざめ 小判鮫</span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1994年11月記</p><p><img height="162" hspace="3" width="229" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%93%E3%81%B0%E3%82%93%E3%81%96%E3%82%81.JPG" /><br /> 過日、大阪港にある海遊館に行った。それは身体障害者のT姉が、世界一大きな水槽が出来たのを、見たいと言われた理由からであった。<br /> 車椅子が必要なので、特別の受付に行って手続きをした。すると本人だけでなく、私も料金が半額で入場ができ、しかも、入場待ちの列に並ばなくても、特別の専用エレベーターで、一気に4階まで係が誘導して下さり、昇らせていただいた。順番を待つ多くの人達を後目に、鑑賞できるようにしてくれたのである。<br /> また行く先々にいた、案内嬢やガードマンの人達に、連絡が届いているらしく、待ち構えていたように、特別な応対を戴いた。何故か、皇太子と雅子さんが訪問しているような気分になり、私達のお礼を言う態度が、知らず知らず皇太子と雅子さんの会釈と、同じようになっていた。<br /> 海遊館のメインは、体長15mに及ぶジンベイザメである。その巨体に見学者は一様に、低い声で「オーっ」と感嘆のうなり声を発する。T姉は「ワーっ!」であった。<br /> そのサメの腹には十匹あまりの小魚が群がっており、その内4匹程がジンベイザメのお腹にへばりついていた。それが小判鮫である。<br /> コバンザメと言われるほど、サメに形が似ているが、硬骨魚で、スズキに近縁と言われているが、今だに分類学上はっきりしていない。<br /> コバンザメはその名の通り、頭に昔の小判をおしいただいたように見えるので、コパンイタダキと言う所もある。だが、この魚はいっこうにお金を払わず、ただ乗りをつづける、海のヒッチハイカーである。<br /> そのためか、この魚の一般的評判は悪い。大きな魚にへばりつき、虎の威を借りるように自分を守りながら、おこぼれを貰って生きる魚と思われている。(そんな人間、政治家にもいるようですね)<br /> しかし、ジンベイザメを見ても、他の大きな魚を見ても、本人達は、気がついていないのか、一向に気にしていないようである。ヤツメウナギのように宿主の体液を吸い取る吸血鬼でもなく、共利共生の説もあるので、そうだろうと思うが、実際にサメのおこぼれを、貰っているのは知られていても、コバンザメが大型魚に利益を与えていることは判っていない。単にただ乗りをしているだけとしか思えない。<br /> 時には、宿主が捕まると、離れることが遅れ、運命を共にする場合もある。更に、サメの腹からコバンザメが出てきた記録があるのを見ると、必ずしも本人が守られているとも思えないが、油断せず、ずる賢くおこぼれを貰っているようだ。<br /> さて、コバンザメの吸着力は、数十Kgの力に相当すると言われている。吸引方法は真空吸着法といわれ、大きな魚の平らな部分に吸盤を当て、その周りの肉質を立てて密閉状態で、まず弱い真空状態を保つ。さらに吸盤上にいくつもならんでいる板状体を立て、小さな真空の部屋をたくさんつくり、二重の真空室にする。<br /> その結果、吸引力ははなはだ強くなる上に、板状体には小さな棘が無数にあって、ひっかかりをつくって、後ろにすべらないようにしている。もし後方へ引っぱろうとすると、板状体がなお直立して真空度が増し、はがれにくい構造になっている。宿主からコバンザメをはがすには、とにかく前方に押しつけて真空状態を弱め、小さな棘を抜きながら移動させて引きはがすのである。<br /> この特徴を利用して、カリブ海・南シナ海・東アフリカの漁師は、コバンザメの尾びれのくぴれた部分に、なわをむすび、カメをめがけて放してやる。するとコバンザメは必死になって、近くの大きなカメの腹に吸い付く。そうしたら、なわをたぐりよせ、カメを捕まえるのである。有名な鵜飼漁法と同じである。ただ、へたをすると、カメの引く力が強すぎて、コバンザメがちぎれたりすることもある。<br /> 鵜飼が鵜を大事にしている事と同じように、漁師から小判鮫は、大切に扱われ、特別のえさが与えられている。地域によって、人間のことばが理解できると信じられ、漁に失敗したりすると、魚を厳しく叱ったりするらしいのである。<br /> 共利共生説より、片利共生説が有力なコバンザメ。<br />T姉が途中で、車椅子から降りて歩きたいと言った時、私は自分の半額の利がなくなることを恐れ、まあまあ座っておって下さいよと、勧め、T姉にへばりついている自分を発見した。 こんな私に似た、キリストの弟子達の行動を、聖書から今学んでいる。しかし私は反対に、キリスト・イエスに、ただへばりついて、主の動かれるそのままついて行く、そんな弟子の方が、主が喜ばれるのではないだろうか。最近、自分の教義や主義を立てて、世との分離だと思い違いをして、教会と分裂している人を見たりする。こんな時、コバンザメで良い、ジンベイザメのように大きな神様に、何の利益も与えずただ乗りしていても、その下にへばりついてさえおれば、恵みのおこぼれを戴いて生きる事が出来る。<br />偉大な主が、平然とユウユウと泳いでおられるのだから、幸いではないかと、最近、何事にもすぐ疲れを感じる、自分へのズルさの言い訳にしている。<br />&nbsp;</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321171122165 ケヤリ、けやり、毛槍 http://j-mission.com/article.php/2009032117060499 http://j-mission.com/article.php/2009032117060499 Sat, 21 Mar 2009 17:06:04 +0900 http://j-mission.com/article.php/2009032117060499#comments 海の生物から学ぶ <p><span>ケヤリ、けやり、毛槍</span></p><p>&nbsp;腔腸動物門 多毛網 定在目</p><p><img height="161" hspace="3" width="226" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%91%E3%82%84%E3%82%8A.JPG" /><br /><span>■</span> 私の教会で、英会話教室をしているが、クラスにダイビングが好きで、海外に出かけてまで写真を撮ることを、趣味にしている人がおられる。<br /> 先日、その方が白浜の海で撮影したスライドを見せてくれた。その中の1枚に、赤、黄色、青、紫、ピンク、縞模様に、まだらと色取り取りに、岩に咲いた花畑のような海中写真があった。伺えば、海草のように見えるが動物だとのこと。後で図鑑を調べたら「ケヤリ」と言う生物であると判った。<br /><span>■</span> このケヤリと言えば、大名行列の先頭に立って、長い毛槍を撮りかざし、「したに-」 「したに-ぃ」と声をかけながら、勇ましく槍先についた飾りの毛を振り回して進む姿を、昔の映画で見たことを思い出す。<br /> 図鑑では丁度、その振りかざした有り様に、この生物の形がそっくりなので、この名がつけられたと言う。イソギンチャクに似ているが、釣リ餌でおなじみのゴカイやイソメに近い動物と言う。<br /><span>■</span> 花のように広げたものは鰓冠(さいかん)と言って、海中の食物をとったり呼吸をしている大切な部分である。ゴカイの仲間でも、すみかの管をつくってそのなかにすむものは定在類としてまとめられている。<br /> ケヤリの管は弾力性のある透明なうすい膜で、その表面にこまかい砂粒や泥、貝殻の小片などをくっつけている。<br /><span>■</span> この仲間でエラコと言うものがあって、釣り餌によく使われる。ところが、このエラコの管にさわると、手のふれたところが赤くはれることがある。よくエラコに刺されたというが、実際は管の入口に共生している腔腸動物のニンギョウヒドラが犯人である。<br /><span>■</span> このヒドラはエラコという家主なしでは生きておれないらしく、エラコの管からエラコの本体をとりさるとヒドラは衰えて死んでしまう。<br /> ヒドラはどうもエラコから出る分泌物を吸い取りながら生きているらしいのである。エラコ自身が生きるのには関係がないが、迷惑ながらも自分を保護するために用心棒を雇っているような関係である。<br /> 政治家も大企業も、自分を守るために必要悪だと、言い訳しながら右翼、暴力団を養っているのと似ている。<br /><span>■</span> ケヤリの受精した卵の多くは浮遊生活を経験して、成育する。その後、岩などに付着して落ち着き、親に似た生活を繰り返して行くが、ある卵は親から離れられず、浮遊生活もしないで、親とおなじ形に成長するものがある。親離れできない若者と何となく似ている。<br /><span>■</span> このゴカイ科は、大部分が雌雄同体で、数種は自己受精をおこなったり、自分の産んだ卵に自分で受精していくものもある。またある種類は卵からかえれば全部オスばかりで、後になって一部がメスに性転換して行くものかある。こうなると、善悪は別として親子の関係も、成長過程も、一般常識では判断できない彼ら独自の生き方があるようだ。<br /><span>■</span> ケヤリは非常に敏感で、ちょっとした振動や、急に光がさえぎられると、すばやく管のなかにひっこんで危険をさける。このすばやい反応は、発達した感覚器官と大きな神経繊維のおかげであると共に、鰓軸(さいじく)にそって10~15対の赤紫色の目を持って、周囲を監視しているからである。<br /> さらに鰓冠全体に光を感じるセンサーを持っているものがあって、外部の動向を知る早さは、人間の百倍のすぽやさであると言われている。<br /><span>■</span> 人間社会でも、悪いやからは出来る限り多く、外部からの情報をすばやくキャッチしようと、多くのセンサーを持とうとする。隠しカメラやタレコミ屋、現代はコンピュータの情報交換、インターネットと、高額機材を揃えて必死になっている。<br /><span>■</span> しかし、やさしさや豊かさをもつ、穏和な人は、情報が入って来ない、僻地や自然の中に住んでおられる所に多く見つかる。大都会の中に、人を思いやる穏やかな人を見つけることは難しい。もしいたとしたら、情報社会から、縁遠く生きている人ではないだろうか。<br /> 過度な情報、忙しく、狭苦しい時代だからこそ、あえて何かを知ろうとはせず、のんぴりと構え、逆らって生きていることの重要さを知る。その時に人生の意味と、自分の本分をわきまえ、生きる目的を知る幸いを身につけられるのではないだろうか。</p> http://j-mission.com/trackback.php/2009032117060499 ウツボ、うつぼ、魚単 http://j-mission.com/article.php/20090321165411838 http://j-mission.com/article.php/20090321165411838 Sat, 21 Mar 2009 16:54:11 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321165411838#comments 海の生物から学ぶ <p>ウツボ、うつぼ、&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1990年7月記 </p><p><img height="131" hspace="3" width="211" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%86%E3%81%A4%E3%81%BC.JPG" /><span>■</span>夏は暑い、当り前だが、この頃、毎日近所の人と出会う度に「お暑いですねえ」と挨拶をしている。<br /> 先日、あまり毎日同じ挨拶も芸が無いと思って、事務所のクーラーが涼しいものだから、つい「たまにクーラーから出て,冷えた体に日光浴も気持がいいですね」と言ってしまった。自転車で買い物を済ませ、必死に汗を流しながら帰ってきた奥さんは、変な顔をしながら「そうですねー」と。私はこの後、自分が嫌になった。普段と違う、突拍子もない変わったことをするのは、大体自分の身勝手、相手を思いやれないエゴである。自分で落ち込むのも、己の身勝手からが多い。普段と変わらないのが一番よいのだと、反省してしまった。<br /><span>■</span> 夏のスポーツに、最近スキューバー・ダイビングがブームである。若い女性が(女性に限ったことではないが)珊瑚礁を人魚のように水中を泳ぐ姿は、カナヅチの私にとって、夢である。<br /> かなり前だったが、若者がこのダイビングを楽しみながら、ウツボをモリで刺して引き上げ、自慢をしているのを見た事がある。たしかにウツボは、見た目はくねくねと細長く、するどい歯があり、海へびと一緒にされて誤解され、気性が荒い、どう猛な海のギャングとして、恐れられている。<br /> 広辞苑にも、その気性は凶暴ではげしく噛みつく、とある。 見た目がグロテスクで、凶暴な目つきであるために嫌われ者の代表になっているが、ウツボはウナギやアナゴと近縁で、れっきとした魚である。紀州地方では左記のような土産が出ている。ウナギ以上に、こくがある美味しい土産である。<br />ウツボは夜に活動をするために、昼間はいたって動きが鈍く、しかも、顔に似わわずおとなしい性質である。決して自分から人を襲うことはしない。<br /> ただ近づくと、大きな口を開け、脅しの形を取る事はあるが、自分の身に危険を感じる、モリでこちらが脅さない限り、決して噛みついてこない。昼間に潜ってうつぼを捕らえることは簡単で、自慢するものではない。<br /> 本当のウツボは礼儀正しく、好物の餌を鼻先へ持っていけば、こちらの行為に敬意を表し、必ず食べてくれる。それでいて、餌を持った指先を、間違っても喰いつく事はしない、わきまえと判断力を備えている。<br /> 全くの初対面の者に対しても、こちらの願っている事を悟って、餌を鼻先にちらつかせながら移動すれば、優しく応え、どこまでもついて来てくれる。こちらの遊び心を読み取っての対応なのである。<br /> もし、ウツボが本当に怒り、攻撃して来るとしたら,全身が柔軟な筋肉の塊のようなものだから、1mをこす大型だと、鋭い歯もあり、戦うならば、水中でこれにかなう人間はいない。だが、人間が何もしないのに襲われたという話は聞かない。<br /> しかし、水族館で見るだけでも悲鳴をあげている人もいるが、ウツボにして見れば,誤解されることもはなはだしく、人間側の身勝手で、見た目だけや先入観での差別である。人権ならぬ魚権軽視だと訴えたいだろうと思う。<br /><span>■</span> 日本のウツボはさほど美しくもないが、世界には美しいウツボが多い。ちょっとセンスは古いのだが、全身水玉模様で着飾るもの、夜会服に着て行けそうな、きらびやかな黄金色や銀色。それにシマウマのような縦じま模様や、ヘビメタ、ヒッピースタイルのものまで、カッコは夫々の会場にふさわしい装いをしている。<br /><span>■</span> 相手を思いやり、判ってあげることには、知識と忍耐が必要だ。相手が良く判ると、恐れることや、突拍子もないことを口走しって、恥じることも、怒らせる事も無い。<br /> 意外と暑さで頭がボーッとしていたか、自分だけのクーラーで冷え切った心で、他人を批判する事に似ている。<br /> 正しい知識は、聖書のヤコプ書に記された、神から、惜しみもなく与えられた、愛と清さが伴う知識であろう。<br /> いつも家庭、教会、社会に愚痴や不満を言い続け、突拍子もない事を言ったり、やったりする人が、多くはないがおられる。そんな人は、人との交わりが少なく、下記と個人的な祈りが足りないようだと、ある先生が言っていた。<br /> ウツボもわずかな視野で、どう猛だと、結論しないためにも、グローバルな知恵による公平さが要求される。聖書も全体的に、偏ることなく学ぶ必要が問われている。 聖書の知識が不足、また偏った教えで、真の神様を見いだせないで、〇〇教会の神様、<span>○○</span>牧師を教祖と思ったりする、身勝手な信抑の人がおらないように、この暑い夏に頭を冷やして考えていただきたい。</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321165411838 イソギンチヤク 磯巾着 http://j-mission.com/article.php/20090321164643577 http://j-mission.com/article.php/20090321164643577 Sat, 21 Mar 2009 16:46:43 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321164643577#comments 海の生物から学ぶ <p><span>イソギンチヤク 磯巾着</span><span><span>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1988年7月記</span></span></p><p><span><span><img height="145" hspace="3" width="192" align="left" vspace="3" border="0" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%82%A4%E3%82%BD%E3%82%AE%E3%83%B3%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%AF.JPG" /><br /><span>■</span> 「たつのおとし子」「偕老同穴」「うみうし」「たこ」と、図鑑を見ては、考えさせられたものを書いてきた。しかし、どの生物を見ても本当に不思議さと、人間の知恵の狭さを見せつけられる。しかもどんなに奇妙な物でも、一貫して基本的な生態は、設計図が書かれているようで統一されている。絶対にと言っていいほど、偶発的でなく、明らかに一人の知恵者による設計であるとしか思えない。そして、その場所にいる生物は、そこの場所に無くてはならない、必要な被造物であるのが判る。<br /><span>■</span> イソギンチャクも不思議な生物である.いつ、だれが名づけたのかは知らないが、《磯の巾着》、とは名言である.<br /> この5月に伊勢の浜に行った.正午頃で千潮の時であったため、潮が引いた岩肌に、黒茶色のぷよぷよした膨らみが無数にくっついていた。それがイソギンチャクであった.日本ではこのすぼんだ形が、昔、小銭入れの袋の口を、ヒモで縛った状態が、口を閉ざした磯巾着そっくりなので、名付けたようだ。<br /> 海外では、海中で口を開いた状態を、英話で《海のアネモネ》(Sea anemone),ドイツ語では《海のパラ》(See rose)と美しい名をもらっている。<br /> 日本人が、お金に執着してしているからであるとは言わないが、ダイバーの人も色鮮やかな岩に咲く花として見ているのだから、もう一寸可愛い名であっても良いように思う.<br /><span>■</span> 大敵はヒトデだが、逃げる足を持たない彼らは、ひたすら口を開ざすことで難を逃れようとする.命にかかわることならば、普段のスローモーに似ずたいへんすばやく口を閉ざす。それでもその場所を移動しなければならない時は、《共生》という方法をとり、捕まらないように他の生物の助けを借りる.一つに、ヤドカリとのかかわりは有名である.<br /><span>■</span> しかし、近年になって、岩から岩へ移動するイソギンチャクのあることが判り、水中に泳ぐ仲間もいることが判った。その内、北国の海底に棲むフウセンイソギンチャクは、外敵に襲われると、いきなり海底からとびあがって.水中に身をくねらせながら泳いで逃げることが発見されたのである。<br /><span>■</span> 進化の過程では古世代の下等生物として分額されているが、詳しく理解されてくると、一面人閣以上の生態を有している高等動物だとも言える.<br />イソギンチャクは珊瑚と違って、独立、単体の生物である。それだけに、直径が1cm程のイソキンチャクがあれば、1mにおよぶものもあるという。しかも雌雄異体である。その区別は外見からは判らず、イソギンチャクどうしでもあやしいらしい。<br /><span>■</span> だからではないが、《キャッチ触手》という特別に長い触手を数本持っていて、あたりをさぐるように動かし、となりの人は何者ぞ、と確かめあう。そこで相手が目指すものならば、しっかりと手をにぎりあって、どちらかがちぎれるまで離れない。これで子孫が増える訳でなく、繁殖方法を別に持っていて、ただつながっているだけの細い糸である.(ひょっとして相互連絡網、ライフラインかも知れない)<br /><span>■</span> 人間社会も独立単体で、初めから夫婦親子は分離した個体で育つ.しかし触手ならぬ精神的に、夫婦は赤い糸、親子の絆がしっかり結ばれていないと、誘惑や外敵に瞬く間に食い荒されて、無気力、ノイローゼになる.<br /><span>■</span> 教会を「コイノニア」とギリシヤ語で言われるが、交わり、仲間同士共有し合うことの意味があり、主キリストを中心に互いに、しっかりと特び合わされている.集合体の中だからこそ、人は独立した自分を発見するのである.幾ら孤独を愛し、逃避したからとて全くの単体で生きられる訳がなく、互いに依存共有しあっている.教会のすばらしい所は、共通の信仰、霊、愛に緒び合わされていることである.<br /><span>■</span> 現代は自然破壊が進み、磯が少なくなって来た。岩にへばりついたイソギンチャクも少なくなった.<br /> 世の中の乱れが数会にも入り、霊的破壊が進んでいる.そのためか、キリストなる岩だけに、ヘばりついて、信仰を守っている若者が少なくなったように思える.これ以上に、被害が拡がらないように自然と教会を守りたい。</span></span></p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321164643577 イカ、いか、鳥賊 http://j-mission.com/article.php/20090321163842771 http://j-mission.com/article.php/20090321163842771 Sat, 21 Mar 2009 16:38:42 +0900 http://j-mission.com/article.php/20090321163842771#comments 海の生物から学ぶ <p><span>イカ、いか、鳥賊</span></p><p><img height="204" hspace="3" width="266" align="left" vspace="3" border="3" alt="" src="http://j-mission.com/images/library/Image/%E3%81%84%E3%81%8B.JPG" /></p><p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 1989年6月記</p><p><span>■ </span>貧しい学生時代に、大販の西成で「汁かけめし」と言う丼を幾度も食べた。現在も売っているのかどうかは定かではないが、御飯の上に、ただ味がついた汁をかけてくれる丼である。これが日によって、残りものの品が違うのか味が違う。でも、空腹だからおいしいと言うのでなく、本当に安くてうまかったのである.</p><p><br /><span>■</span> 始めて函館に行ったときのことである。友人が「今日は特別のご馳走をしてやろう」と言ってくれた。そして小さな寿司店に入り、「イカどんぶり」と注文。私はカツ丼か牛丼のたぐいで、御飯の上にイカを乗せ、だし汁をかけた位と思い、ちょっとガッカリした.</p><p><br /><span>■</span> 大阪では、丼は大衆食堂のメニユーである。遠路やってきた客に対して、あまり出すものではない。やがて運ばれてきた「イカどんぶり」を見ると、ご飯は一粒もなく、イカをそうめんのように細く切って、丼一杯にいれてあるだけであった。そして、横にだし汁と薬味等が添えてある。</p><p><br /><span>■</span> 友人は「これはこうして食べるのだ」と言って、豪快に汁、薬味を「イカ」の上にぶっかけ、うどんのように食べだした。私も真似をして口にいれた。「うまい!」のである.新鮮でなければ出来ない名物であるとの事.歯ごたえ、イカの甘み、-寸効くわさびと汁のコンビネーション。今でもそのうまさは、舌が覚えている,</p><p><br /><span>■</span> 函館はイカの収獲量が一番多いと間いた。<br />一般に知られているようにイカはスミをはく.それはウミツバメ、アホウドリ、ペンギン、アザラシ、クジラ、さらにサメ、マグロなど大型魚類がイカをねらっているために、これらから逃れるためである。</p><p><br /><span>■</span> イカは敏しょうな動きや、すぐれた視力を持つ。皮膚に分布しているさまざまな色のつぶをもった、弾力ある色素細胞を、筋肉の働きで背景の色に瞬時に合わせ、保護色にする力も持っている。また敵が近づかないように、体全体で毒を持つ生物に、形を変える変身術を心得ている。<br /> その中で一番有効なのがスミをはくことである.このスミは、たんに煙幕として役立つだけでなく、海水中にはいたスミは、しばらくの間かたまりになって残り、まるでイカの形に見える。そのために敵の攻撃目標をそらす影武者のはたらきをする.敵が突進してきたときには、本物のイカはもうそこにはいないというわけである.<br /><span>■</span> 昨今の大臣も影武者をよく使う。昔、ロッキード事件、リクルート間題、裏金工作。本人は知らぬ存ぜぬ、秘書がやったように形を見せ、本人はすばやく移勤し、そこで瞬時に体色を変えて、他人面(づら)をして平然と生きている形態と似ている。<br /> 私達はこれらの政治家を[図太い神経の持ち主〕という.この言葉は、ものに動じない、鈍感な人物を意味するときに使う.</p><p><br /><span>■</span> ヒトの神経繊椎は直怪1~20&mu;(ミクロン).この神経の太さが刺激を脳に伝えるスピードの早さに比例するといわれる.つまり、図太い神経ほど、敏しょうで反応が早いと言うわけである.<br /> イカは脳から外套膜に連絡している神経繊維は非常に太く、直径500&mu;以上もあり、人間の20倍から50倍もある巨大なものである。これがイカを神経過敏症にし、人が近づくだけでも身をくねらせ逃け惑い、恐れで色を失う。つまり体色が変化するのである。</p><p><br /><span>■</span> 今の民衆の声を無視している官僚や大臣たちは、神経が図太いのではなく、細すぎるのか、あるいは神経パイプに欲の汚れが溜まって、血管のコレステロールのように、通りが悪くなっているのか、ひょっとして切れているのか、庶民からの刺激が、脳に伝わらないようである.</p><p><br /><span>■</span> 我々も真の神と直結する神軽織維(パイプ)を太くして、霊的において敏感に反応が出来る必要を、今の誘惑の多い時代だからこそ、務めていなければならないと思う。<br />&nbsp;</p> http://j-mission.com/trackback.php/20090321163842771