ようこそ! 日本ミッション 2010年7月30日(金) 16:02 JST
ウツボ、うつぼ、 1990年7月記
■夏は暑い、当り前だが、この頃、毎日近所の人と出会う度に「お暑いですねえ」と挨拶をしている。
先日、あまり毎日同じ挨拶も芸が無いと思って、事務所のクーラーが涼しいものだから、つい「たまにクーラーから出て,冷えた体に日光浴も気持がいいですね」と言ってしまった。自転車で買い物を済ませ、必死に汗を流しながら帰ってきた奥さんは、変な顔をしながら「そうですねー」と。私はこの後、自分が嫌になった。普段と違う、突拍子もない変わったことをするのは、大体自分の身勝手、相手を思いやれないエゴである。自分で落ち込むのも、己の身勝手からが多い。普段と変わらないのが一番よいのだと、反省してしまった。
■ 夏のスポーツに、最近スキューバー・ダイビングがブームである。若い女性が(女性に限ったことではないが)珊瑚礁を人魚のように水中を泳ぐ姿は、カナヅチの私にとって、夢である。
かなり前だったが、若者がこのダイビングを楽しみながら、ウツボをモリで刺して引き上げ、自慢をしているのを見た事がある。たしかにウツボは、見た目はくねくねと細長く、するどい歯があり、海へびと一緒にされて誤解され、気性が荒い、どう猛な海のギャングとして、恐れられている。
広辞苑にも、その気性は凶暴ではげしく噛みつく、とある。 見た目がグロテスクで、凶暴な目つきであるために嫌われ者の代表になっているが、ウツボはウナギやアナゴと近縁で、れっきとした魚である。紀州地方では左記のような土産が出ている。ウナギ以上に、こくがある美味しい土産である。
ウツボは夜に活動をするために、昼間はいたって動きが鈍く、しかも、顔に似わわずおとなしい性質である。決して自分から人を襲うことはしない。
ただ近づくと、大きな口を開け、脅しの形を取る事はあるが、自分の身に危険を感じる、モリでこちらが脅さない限り、決して噛みついてこない。昼間に潜ってうつぼを捕らえることは簡単で、自慢するものではない。
本当のウツボは礼儀正しく、好物の餌を鼻先へ持っていけば、こちらの行為に敬意を表し、必ず食べてくれる。それでいて、餌を持った指先を、間違っても喰いつく事はしない、わきまえと判断力を備えている。
全くの初対面の者に対しても、こちらの願っている事を悟って、餌を鼻先にちらつかせながら移動すれば、優しく応え、どこまでもついて来てくれる。こちらの遊び心を読み取っての対応なのである。
もし、ウツボが本当に怒り、攻撃して来るとしたら,全身が柔軟な筋肉の塊のようなものだから、1mをこす大型だと、鋭い歯もあり、戦うならば、水中でこれにかなう人間はいない。だが、人間が何もしないのに襲われたという話は聞かない。
しかし、水族館で見るだけでも悲鳴をあげている人もいるが、ウツボにして見れば,誤解されることもはなはだしく、人間側の身勝手で、見た目だけや先入観での差別である。人権ならぬ魚権軽視だと訴えたいだろうと思う。
■ 日本のウツボはさほど美しくもないが、世界には美しいウツボが多い。ちょっとセンスは古いのだが、全身水玉模様で着飾るもの、夜会服に着て行けそうな、きらびやかな黄金色や銀色。それにシマウマのような縦じま模様や、ヘビメタ、ヒッピースタイルのものまで、カッコは夫々の会場にふさわしい装いをしている。
■ 相手を思いやり、判ってあげることには、知識と忍耐が必要だ。相手が良く判ると、恐れることや、突拍子もないことを口走しって、恥じることも、怒らせる事も無い。
意外と暑さで頭がボーッとしていたか、自分だけのクーラーで冷え切った心で、他人を批判する事に似ている。
正しい知識は、聖書のヤコプ書に記された、神から、惜しみもなく与えられた、愛と清さが伴う知識であろう。
いつも家庭、教会、社会に愚痴や不満を言い続け、突拍子もない事を言ったり、やったりする人が、多くはないがおられる。そんな人は、人との交わりが少なく、下記と個人的な祈りが足りないようだと、ある先生が言っていた。
ウツボもわずかな視野で、どう猛だと、結論しないためにも、グローバルな知恵による公平さが要求される。聖書も全体的に、偏ることなく学ぶ必要が問われている。 聖書の知識が不足、また偏った教えで、真の神様を見いだせないで、〇〇教会の神様、○○牧師を教祖と思ったりする、身勝手な信抑の人がおらないように、この暑い夏に頭を冷やして考えていただきたい。
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